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石井筆子氏の生き方

数日前に録画しておいた NHK「その時歴史が動いた」を見ました。サブタイトルは、「母の灯火 (ともしび) 小さき者を照らして ~石井筆子・知的障害児教育の道~ 」です。

私は以前国立に住んだことがあり、在学していた当初、滝乃川学園から通ってくる生徒さんもいました。施設の存在を知りつつも、詳しいことはほとんど知らなかったので、この放送に大変興味を持ちました。石井筆子氏は、晩年、この学園長になったことのある方です。

筆子は、華族出身で鹿鳴館の宴でも「華」と称される程だったとか。しかし、子供を出産すると同時に、いろんな苦悩が待ち受けていました。長女と三女が知的障碍児、次女は1歳にして亡くなってしまいました。若くして、夫も死去。子供が障碍児では・・・と夫方の実家から離縁もされてしまったそうです。
そんな困難な状況の中にあったのに、石井亮一氏と出会うことで、生きがいを見つけていきます。それは障碍児教育に携わることでした。

障碍者の人権など無視されたいた時代。石井亮一氏が「感性に働きかける」ことを筆子に導いたのはすごいな~と、思います。ミルクしか与えられてなかったがために、普通の食事が取れない子供。その子に、食塩をちょっとずつ与えることで味覚を取り戻していったという、シーンを見て、食育の重要さを再認識させられました。

今の時代、買えば何でも手には入るけど・・・。質ってどうなのかな・・・? 特に安全性はいっつも気になってはいます。なるべく安心な物を手に入れるようにしているけど、それも表示の信頼性も気になるし・・・。正直、子供の味覚がどう変化しているのかって、怖いですよね。

また、「いと小さき者になしたるは、即ち、我になしたるなり」という筆子の言葉には、とっても感銘してしまいました。
この言葉って、今の社会にも十分通用する言葉ではないでしょうか? 特に、日本の社会って子供がいると、煙たがられる場所が多い気がして。でも欧米の方は、子供こそ大事にしてくれている。子供がいるからって、当然っていう態度も良くないけど、子供がちょっとしたことに一役買ってくれていることも多い気がします。
ついつい、親中心になってしまう自分には、書き留めておきたい言葉です。

社会情勢と共に、存続も危ぶまれる学園。夫が亡くなった晩年、戦争中にも関わらず、そして自らも病で不自由な体になりながらも、存続を決意したのは本当に勇気のいったことでしょう・・・。苦労の連続にありながらも、幸せとはいえない状況にありながらも、障碍児への教育を全うした筆子の人生って。やはり居場所を作ってやれなかった娘達に対する報い=強い使命だったのでしょうか。

私は子供に居場所を作ってあげているかな・・・? 私はこれからどう生きていくのかな~?と考えさせられた番組でした。
by meili_thc | 2006-12-23 23:14 | books&TV | Comments(2)
Commented by あかりんこママ at 2006-12-26 17:18 x
自分が自分がの我を捨てて、お陰でお陰での下で生きる・・。そんな言葉を聞いたことがあります。自分さえよければいい、他人に無関心の人が多い今。昔より確かに人権保護という制度面はできたのかもしれないけど、果たして自分は困った人に手を差し伸べることができるかなって考えました。とても深いお話ですね。
Commented by meili_thc at 2006-12-28 10:16
>あかりんこママさん、共感してくれて嬉しいです(^^)。極限に追い詰められたときに、その人の本質って出る気がします。
”我を捨て、お陰の心で生きる”、心に留めておきたいです。
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